PN. Damy[2年]

ノベルゲーム「彼女とタバコを夜に」

800字小説「ゼンソク」

「はぁ……はぁ……ッ」
「げほッ! げほ……!」
 薄い膜を通して荒い息遣いと酷く苦しそうな咳込みが聞こえる。
 その二つが自分の発しているものだと気がつくのには数秒かかった。
全力疾走の後だというのにストローで息をしているかのような苦しさ。頭や手足の先が痺れていて、全身が鉛のように重くて怠い。言い知れぬ不安の黒い渦が質量を持って身体中を暴れ回っている。口腔に酸っぱさと苦味が混交していて多分嘔吐もしている。
また、喘息の発作だ。
まったく冷静でいられるはずのない状況なのにも関わらず、僕は苦しそうに蹲っている自分を俯瞰で眺めている僕を感じていた。死ぬほど辛いずなのにそれを他人事のように感じている。
これは走馬灯に似た死の警鐘のようなものだろう。
15年間、持病の喘息のせいで床に伏せてばかりだった僕には死の間際に思い起こす事などなく、ただ今を生きるのに精一杯ということだ、きっと。
「──キナ! ──アキナ!」
 遠くから誰かが叫んでる……トンネルにいるみたいに反響していて聞き取りにくいけれど、どうやら僕の名前を呼んでいるみたいだ。
 サユリかな。声の正体は反響のせいで男とも女判別できないけど、僕が喘息で苦しんでいる時に助けてくれるのは、いつも彼女だけだった。
「今──か呼んでく──待っ──」
 途切れ途切れに聞こえる中サユリが何かを言うと、それきり何も聞こえなくなった。あるのは聞いているだけで精神が追い立てられる呼吸音と、喉を痛めそうな大きくて乾いた咳だけ。
「はぁ……はぁげほっごほっ……ヒュー……ヒュー……げほっ」
 何分……いや何時間かが経った気さえする。喘息は一向に治る気配がなく、むしろ僕は意識の手綱を離してしまいそうになっていた。
「────」
 朦朧とした意識の中、誰かの声が聞こえたような気がする。
 突如として浮遊感が身体を襲い、大きな揺れと共に自分が移動しているのがなんとなくわかる。
(そうか、誰か助けに来てくれたのか……サユリかな? ありがとう)
 暖かでがっしりした背中と石鹸の匂い。その二つが死の恐怖に怯えていてた心を優しく解してくれる。
 まぶたをゆっくりと開けてぼやけた視界の映ったのは、驚くほど近くにあった焦燥に駆られた横顔。
 運ばれるのは保健室か……救急車で病院に直行かもしれない。また学校を長いこと休む事になりそうだけれど、次に登校したら絶対にお礼を言おう。
 そう思って僕は意識を手放した。