PN. 文化振興社[1年]

ノベルゲーム「兵隊やくざ陣中記」

800字小説「負け犬の鼻」

殴られると鼻に血が溜まる。
 子供の頃、殴り合いの喧嘩になって初めて経験したそれは、以来私を常に悩ませることになる。
「テメェが押せや」
 元来私は、強い人間と呼べる存在ではない。腕っぷししかり、口喧嘩しかり。勝てないわけでは無いが、勝てる方が少ない気がする。プライドも高いので、敗北の影響はさらに悪化する。鼻を突く塩辛い匂い。日常に付きまとって離れないそれを、私は、無関心を装うことで逃れてきた。
「いいから押せって」
 高校受験の時、考えるのが面倒だと言って近場の学校を選んだ。大学受験、就職に有利だからと安易に工業大を選んだ。だと言うのに、理数系の点数が下がっても何ら対策を取らなかった。鼻の粘膜を焼く血の匂いに、私は怯えていた。真剣に向き合えばそれだけ匂いも濃くなる、そう信じていた。
 大学に入っても不真面目さは変わらない。サークルに入り浸って、そしてここには何も無いと言って安易に辞めた。そして今——
「押せや!」
 鼻の中に血を溜めて、私はレジの二十歳確認のボタンを押していた。ジャージだが何だか分からないものを着たチンピラに睨まれて。
「すっとろいんだよ、バイトが」
 煙草を取ってレジを後にするチンピラ。残された私は俯いて鼻に血を溜めるだけだ。
——いつもこれだ。
 喧嘩で負けて倒れた時。しらじらしい笑いで親に、日々の生活の中での無気力さを指摘された時。真剣に自分の日常を送っている弟の背中を見る時。いつもいつも付きまとう、頭に響く血の匂い。
——畜生!
 駐車場に視線を送れば、チンピラの車はもうない。塩辛い匂いが口の中にまで広がる。喉が苦しいと喘ぐ。やる事は決まっていた。奴の後ろ髪をひっつかんで鼻に噛み付いてやる。そして味わわせてやる。アイツにもこの付きまとって離れない、痛くなるほどの匂いを。匂いを……
——何が味わわせるだ、何が。
 項垂れる私の鼻に、どくどくと血が溜まる。